初恋――貴方を呼ぶ日 第一章・出会いは偶然に…… 2
    





「あー退屈だー」

 氷河はその声を聞き流しながら箸を進める。
 差し込む朝日が障子越しに入り込んでくる。今日もいつもと変わらない。
 メイドさんが各テーブルを回っている。テーブルの上に並べられた朝ごはん。塩しゃけ
とご飯と味噌汁だ。漬物と海苔も一緒に配っている。
 草凪家にいる人たちは大抵一緒にご飯をとる。血の繋がりはもちろんないのだが皆一つ
の家族という意識が強い。

「た・い・く・つ・だー」

 上座にいるこの草凪家の長、草凪皇華は無精ひげをいじりながら皆の様子を見ている。
退屈といいながら、皇華はいつも嬉しそうにしている。家族団らんというのが好き、なの
かもしれない。
……ただ、面白そうなことに関しては鼻が利く。利きすぎる。隠し事もいつのまにか知ら
れていたことも……盗聴器でもしかけているのかと疑いたくなる。

「御沙〜何か面白いことないか〜」
「んー、ないよお父さん」

 普通に即答する。
「そうか〜面白いことの一つや二つないと本当に退屈だな〜氷河」
「……」

 沈黙で返す。こういうときはとりあわない。相手にしない。

「そこでどうして黙るかな〜何かあるような気がするじゃないか」
「……」
耐える。この声は聞こえないと自己暗示をかける。無駄な努力とはわかっていても。

「んんぅ? キーこーえーてーなーいーのーかーなー?」
「……」

 無視する。聞こえないフリをする。肩が反論してやろうという反発が起こっているが、
それも無視する。

「わかった。何かあるということにしてやろう。で〜? なにがあるのかな?」

 勝ち誇ったようにいう皇華にたまらず

「どう反応してもある、というじゃ……」

 反応してしまった。
 口の中に物がある状態ではまともな反論はできない。飲み干すためにお茶に手をつける。
条件反射で反論してしまった。こういう時はとことん無視するにかぎるのに……
思った時にはもう既に遅く、勝ち誇ったような顔になっていた。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

「中途半端に止めると、もっと気になるじゃないか〜ん〜?」

 隙を見せると畳み込むように進んでくる。いや、氷河自身に関しては叩けば、何かしら
出てくると思っている節がある。

「いつもの、からかいならいつもされているので満腹なんで止め……ってそこのメイド、
何してるっ」

 メイドが耳元でなにやらこそこそとしている。
鷹のような目が鋭くなった気がする。

「って何、密告してやがりますかっ」

 思わず声を張り上げる。

「ふむふむ、なるほどなるほど〜。そういうことなのか〜」

 声が一段と低くなる。口元がニヤリと笑みは変わらないのに凄みが出たような気がする。
向き合うと不敵な笑みを浮かべ、その鷹のような眼で睨むようにミル。

「密告されるようなことでもあるのか〜? んぅ〜?」
「も、黙秘するっ」
「君には弁護士を呼ぶ権利もないぞ?」
「くぅ、鬼か、あんたは」
「鬼? 当主皇華様だ」

 胸を張る皇華に、氷河はうなだれる。口ではかなわない。喧嘩でもかなわない。
お茶碗を力強く握り、無理やりご飯をかきこみ始める。

「フフフ、やっぱり何か面白いことを隠しているな」

勝ち誇ったような皇華の笑み。その言葉にカッとして視線を向けた。
えっ?
その瞬間、氷河の頭に冷水がかけられたような錯覚がした。

「何か面白いことがあるのなら、それでいい」

 いつもとは違う。何か、面白い玩具を見つけたかのような、そんな顔になるのに……
油断させておいて、何か酷いオチをつける気かどうかすら判断しにくい。
いかにも憂鬱な顔で見つめているのだろう?

「今のは別件、だからな」
「別件?」

 氷河が首傾げると、配膳の手伝いをしていた麗が寄ってくる。

「あら? 仕事ですの?」
「しばらく厄介事があるようだ。もしかすると、麗のほうの力も借りるかもしれない。
その時は頼む」
「はい、皇華の思うがままに」
 胸に手を当てるように、一礼する。まるで、命令に服従する臣下のような錯覚を覚える
「もしかすると、皆にも召集かけるかもしれん。もしもの時に備えておいてくれ」
皇華の声に共通の掛け声が上がった。
氷河はなんだかよくわからなかった。
隣の御沙は真剣な表情でそのやり取りを見つめていた。


 よく考えると……
 これが初めて、というわけではない。むしろ、一ヶ月に一度ぐらいこういう風になる。
 大抵、『草凪家の仕事に関すること』でこういう緊張状態になることがあるのだが。
どんな仕事をしているのかもわからない。
 姉は警備関連の仕事に斡旋されたり、そういうことはあるが、詳しいことは教えられて
いない。
 それがどんな意味があるのか、どう関係しているのか。中学生の氷河には分からない。
だけど……例え、どんなことがあったとしても、氷河はこれだけは守ろうと思っている。
―――御沙をオレが守る。
好いた惚れた、というだけじゃない。
 この家族―――草凪家にいる面々と暮らしが気にいっているから。それが崩れるのは
誰かがかけたりするのは嫌だからだ。
 父が死んだ時のような、そんな感情はもうしたくないから……
自分の我侭、なのかもしれないけど……この胸の高まる鼓動のせいかもしれないけど……



「どうしたの? ひょうちゃん」
不意に話しかけられ、氷河は御沙の顔を見る。首を傾げながらこちらを覗き込むだけで
心臓の鼓動が跳ね上がる。

「な、なんでもねーよ」
「もしかして見惚れてた?」
「絶対にちげーよ」
「ちぇっ。ちょっと残念」

いつものやり取り。素直になれないのは、どうしてなのか。氷河は大きく息を吸い込んだ。



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