初恋 −貴方をよぶ日



「えっ?」

 出した声が遠い。発した声が自分の、草凪御沙のものだというのに最初気づかなかった。
御沙は目の前の光景が信じられないものだったから。
 氷河が戦っている。

――ー誰かを庇うように戦っている。
 ズキンと胸が痛む。
 氷河は五歳の時から一緒にいた。何かあっても助けてくれた。
それはきっと――あの時、会った時に私が勝ったからとか、命令だからとか、そういう理由
なんだ、と。

―――走り出したかった……
 胸が痛む。氷河が庇ってる人がこちらを見たから。
その人はとても……とても冷淡で、それでいて勝ち誇ったような、強気な瞳をしている。

―――まるで鏡を見ているかのようで、でも本質的に似ていない……
「自信、ないんだ?」

 投げかけられる言葉。
 いつのまにか氷河の姿はない。でも、似ている人といつでも手が出せるほど近くなっていた。
目の前で寝転びながらたずねる声。

「―――あんたね、自分を出したら?」

 その言葉はまるで刃のように御沙を切り刻む。
何か言い返している。でもその声は自分の声のはずなのに聞こえない。
どうして……と問いかけた声すら遠い……

「―――自分押し殺してるからよ」

 表に出すことのできない感情が、御沙の中に渦巻いていた。だけどそれを表に出すのは
タブー、禁忌なことだと思っていた。

「……私は……まだ色が……ない……貴方の……色……」

 後ろに立つ誰かの声。
振り返る。それはいつ頃からいたのかわからない。透明な存在……
 果ての無い蒼天の空……ひんやりと冷えた空気に包まれた場所―――
 これはいったい何なのだろう。ころころと変わる風景をぼんやりと見つめながら、考える。
 ゆらゆらと揺さぶられ、目をきつく閉じる。
全ての音を掻き消す声が爆発した。
「起きろっっ」



 ビクッとして目を開ける。全身汗だくなせいか、布団を引っ剥がされているせいか……

「……寒い……」

 布団を探して手を伸ばす。布団は剥ぎ取られている。初夏に入ったとはいえ昼間は暑いが、

まだ明け方は肌寒い。

「寒い、じゃねぇ起きろー」

 再び耳元で声が爆発する。
耳がキーンとして、頭の中が真っ白になる。
 振り返る。
胴着姿、逆立った髪と栗毛が目に入る。怒ったような顔でノートで作ったメガフォンで頭を

はたかれる。
 身長も小学六年の頃から頭一つ、声も若干低くなっている声だ。
 顔もどことなく大人の顔に近づいている。まだ幼さがあるけど、なんとなく一人前だと思う



「おーい、目開けながら寝るなー」

 さらに叩かれる。

「ひょう、ちゃん?」
「ひょうちゃん? じゃねぇ。タイムリミットあと十分っっ」

 時計を目の前に突きつけられる。
見ると五時二十分。あと十分で朝の鍛錬の時間だ。意識がはっきりと覚醒していく。
勢いよく体を起こし、氷河を見る。眠りかけていた意識が一気に覚醒した。

「ひょう、ちゃん」
「なんだよ」
「着替えるから」
「お、おぅ」
「出て」
「ご、五分で着替えろよ」

 出ようとする氷河。

「ひょうちゃん!」

 力強く呼びかける。どうして呼びかけたのか、わからない。ただ部屋から出ようとしている

だけなのに……

「なんだよ」

 振り返る。一瞬、ほんの一瞬だけ不安気な顔になっていたかもしれない。
慌てて満面の笑みで、柔らかな声を意識した。

「おはよっひょうちゃん」

 氷河の顔が硬直した。
 ただ、笑いかけてるだけなのにぎこちなく「お、おぅ」といって襖を閉めた。枕元において
いる着替えに手を伸ばし、その横においてあるタオルを手にとる。

「……あれ?」

―――その時、すっかり忘れていた。
その日、見た夢を……



次のページ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送