草凪家の朝 三 2



「氷河に隠し子発覚したってー」
「へぇあの子が? 可愛いね〜」
「でも御沙様可哀想よね……」
「そうよね〜」
「酷いよね〜」

……いたたまれない……
 大広間での食事中ずっとべったりとくっついている自称子どもが

「パァパ〜あぁ〜ん」
 としてきたり……
「パァパ〜あぁ〜んしてー」
 としてきたり……
「好き嫌いしたらめ〜」
 としてきたり……

 刺すような視線が辛い。
食べても味がしない。
 大広間での皆揃っての食事が基本で、お膳を一人一つずつ用意して食べる。
 いつもは何も話すこと厳禁で、静かな雰囲気で食事をするのだが、今日は
この話題でこそこそと話す声がざわついた空気を作り出していた。
 一人一人の声は小さいが、それが大人数になると凄く耳障りな雑音になる。

「ききました、奥さん」
「ええ、あの氷河さんにお子さんがですってよ」
「御沙様というものがありながら、ひどいですわね〜」

 横で囁くように言われる。ちなみに男衆だ。井戸端会議をする奥さんの物真似を
しながら、嫌味ったらしい声がしている。

「…………」

 とりあえず無視し視線をそらす。と、そこには……

「ひどい、パァパひどい……」
 うるうるとした眼で見つめられる。外野は嬉しそうに

「見ました奥さん、ドメスティックバイオレンスですよ〜」

 女中に話しかける。悪乗り好きな……

「あぁ、今は純朴な子どもがこうして悪い子になっていくんですね〜」

 はっきりと聞こえる声で答える女中。この手の言葉は女が言うと鋭利な刃物になる。

『親の責任重大ですわ〜』

 声を合わせて言われて、撃沈しかける。あいにくと援軍は……
ちらっと御沙のほうを見るが、表面上冷静のようだ。あくまで表面上は……

 援軍は期待できそうにない……
ため息をつくと、半眼で子どもを見る。

「……誰がパパだよ誰が……そもそも名前は何なんだ?」

 ぼそぼそというが、じとっと見ている子どもの顔が虚を突かれた顔になる。完璧に。

「え?」
「え? じゃない。俺は……」

 お膳に茶碗を叩きつけるような音が、ざわついた空間を静寂に変える。
当主・皇華が半眼で睨みつけられる。
 元々鋭い眼が、眼光が、鋭利な刃物を思わせる。離れているのに喉元に突きつけられた
感触。

「飯ぐらい黙って食べろ。この……」
 大きく息を吸い込まれる。

「一児の父がっ」

 怒鳴り声が響いた。
 キーンとした音が耳で爆発した。
 その横で何事もなかったかのようにぼそっと麗が静かに呟く。
「確かにうるさいですね……でもあなた……」

 冷静な顔は、この人の場合、妙に怖い……

「貴方もですよ〜アナタ」
「……い、いや、まぁ、そうなのだが……」
 うまくいかなかったのを反省するように頭を掻く。
 御沙がさらにつっこむ。

「……そんなことを言ったらここの屋敷の住んでいる者が一児の父がいっぱい
では?……」

 不機嫌、というような様子はまったくない。むしろ、優しく微笑んでいる。
完璧なポーカーフェイスだ……見た目では……

……御沙は見た目で判断するのは駄目なんだ。辛い時でもそんな顔はしない。
我慢できている間は……
 もし、我慢の限度を振り切ったら……どうなるかわからない……

 だから―――
今の御沙は妙に不安にさせるのだ。

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