草凪家の朝 三 






「よしっ」

 目覚まし時計をぎゅっと掴んで小さく頷く。時間は四時二十分。いつもより
四十分も早く起きることができた。

(この日のために私、頑張ったんだから)

 布団の中で感無量な御沙は両目を閉じかけて慌てて頭を振る。
 草凪家は日々の修練があるが故に朝は早い。早起きは三文の得、と言っても、
五時起きは慣れなければ辛い。

いつも着ている胴着を近くに寄せ、どんな顔するかな〜と氷河の反応を想像し、
笑みを浮かべた。

 いつも、寝ぼすけな御沙はいつもしようと思ってできなかったことをしよう
としていた。

 たまには……

(たまには私が起こすというのもいいでしょ? それとも、まだ寝てるかな?)

 その時は、その時は……
 真っ赤な顔で小さく微笑んだ。




「おきて……」

 優しく体が揺さぶられる。
氷河はまだ眠っていた。

「おきて……」
「う…ん……」

 もう少し寝れるはずだ。だからまだ寝る。誰が起こしてるのだろう。
 姉ならなおのこと寝ていればいい。どうせ他愛無いことで起こしているに決まって
いるのだから。

「起きて……もぉ……」

 この声はもしかしたら御沙? だとしたらまだ夢の中にいる、のだろうきっと。
寝返りをうち、背を向けた。

 回り込んでまたユサユサと揺さぶられる。
 しばらくこういうやりとりがあった後……

 不意に息苦しくなった。鼻を?まれた上で……
柔らかい感触が唇に……

「んぅ」

 氷河は眼を開けた。



「氷河君ー起きました?」

 その時、戸が開いた。

「…………」
「…………」

 御沙は固まったままだ。いつもの胴着姿に、後ろで一つに縛ってある御沙の顔に
表情がなくなった。

「…………」

 眼の前には知らない子どもがいる。小学生かそこらなのだろうか。

「…………」

 キスしている。キスしたまま、こちらを見てうっすらと口元が動いている。
まるで勝った、といわんばかりに。勝利者の笑みを……

「……あ……」

 氷河は無理矢理引き離し、間の抜けた声を出す。

「……お、御沙?」
「……駄目だよパァパ。他の女の人みたらだぁめ」
「パパパパパパ……パパァ?」

 なんてことを言うんだ。このお子様はー、と叫ぶ声が響く。だけど首にぶら下がり
ながらさらに満面の笑みを浮かべる。

「そうだよパァパ。寝ぼけてめ〜だよ」

 クスクスと笑う。

「誰がパパだ誰がっって、まて、誤解するな、御沙っ俺は……」

 振り返ると御沙は能面のように表情のない、白い顔をして立ち去っていった。
 すぐに追おうとするが、謎の子どもが勢いよくタックルしてくる。避けることも
できず、氷河は数歩遅れた。
 氷河が廊下に出た時には、御沙の姿はなかった。



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