皇華と少女@ 


 草凪家の本拠は人里から離れた場所にある。私道に広がる畑の中にポツンとあり、
手付かずの自然が迫りくるほど近い。この場所を訪れる者の多くが思い描く故郷を連想させる。
 時代の変化と共に変わっていくことの多い中、今も昔も変わらず続いていることがある。
 いくら草凪家の当主が替わろうとも、
『困った事があればなんとかしてくれる』
ということだ。
 救われた者が多いからだろうか、未だ残り続けている。だから、草凪の名を恐れ、そして尊く
感じている。君臨せずとも人々の中にある思いが、存在感が、草凪家の伝説を
語り継がせているのかもしれない。



 現当主である草凪皇華には一つの伝説を持っている。
それは例えるなら、捕らわれた姫を助け出す冒険者、だろうか。
 語り継がれる話は、まだ若い時の事。
 皇華は、素人にも暴力を振るう。犯罪者を見かければどこまでも追い詰め、凶刃を振るう。
盗んだバイクで走り出す。女癖の悪く、困った男だと後ろ指を指される。草凪家の将来は
真っ暗と言われるほど、どうしようもない男とされていた。
事実はともかく、悪名のほうが高かった。



そんな皇華が一人の少女を連れ帰ってきたことから、この物語は始まる。




「へぇ、ここがおーかの家か」
「あぁ、そうだよ。ていうか、よじ登るな」

 まだ暑い日のこと。皇華は一人の少女と共に帰ってきた。
 私道の田畑は青々と生い茂っている。米の出来は悪くはなさそうだ。今年の収穫祭は
問題なく行われるだろう。
 少女は皇華の肩までよじ登る。
 見た目は十歳もないだろう。幼い少女だ。瞳の大きく、高くもなく低くもない鼻、薄い唇は
ほんのり赤い。美少女、という名称が似合う。
 着ている服は巫女服、なのだろうか。上下共に白の袴姿をしている。髪には今にも
音になりそうな飾りのついた髪飾りがよく似合っている。

「歩きづらいって」

 肩まで登りきった少女は満足といった顔を見せていた。

「いいの。おーかの見えている者、ボクも見たいもん」
「大したものはみえねぇよ」

 あきれた顔を見せるが少女は無邪気に笑っている。

「いいや、全然違う。だって、なんか綺麗だもん」
「物はかわんねぇし、見え方が違うってだけだ。時には違うとこに立ってみてみろて、
クソ親父がよく言うことと大してかわんねぇし」
「だからってお尻触るの禁止。このエッチ」

 いいながら、少女は皇華の顔にしがみついてくる。支えないと落ちてしまいそうだから
支えたに過ぎないといいながらも、

「悪くはない」

と口に出てしまう。
 あはは、と笑う少女を見ながらもほっとしてしまう。

 ふと畑にいる人と視線が合う。

 片やいつも畑で働いている人。片や痴漢の現行犯で跡取り。
無論顔見知りだ。
僅かな間が過ぎてからおもむろに立ち上がる。

「た、大変だべさ……」
「ど、どこの方言だよ」

 思わず突っ込みを入れるが、持っていた農具を落としながら大声を張り上げた。

「大変だべさー、皇華さまが、皇華さまが、ついに子どもをこしらえて帰ってきおったー」

「ちょっ、おまっ何勘違いしてやがる」

「大変じゃー、皇華さまがー」

 遠く離れた人から声が上がった。今の声を聞いてからの反応なのか。

「皇華さまが、子どもと一緒に帰ってきおった。捨てられたんじゃ」

 内容が少々違っている。さながら伝言ゲームのように

「ちょ、おま、まてや」

 思わず走り出す。顔にしがみつきながら

「はやいはやい、きゃっ、おーか、どうしたの?」
「このままだとおまえは俺の子になっちまうだろうが」
「エー? それは困るー」
「そうだろ? だからあいつら……」

 実力行使で黙らせる、という言葉にかぶせるように少女は言った。

「ボクのこともらってくれるっていってくれたんだからー」

 正確にはお嫁さんでしょ? と耳元で訂正する。
声が異常なほど響いていたのは耳元だから、だろうか? それとも衝撃的が走ったからだろうか?

「ちょっっナナナナ、ナニイッテヤガル」

 声が裏返る。

「だってー、ボクのことさらってきたじゃないか。一生おまえを守るって泣いてる
ボクにいってくれたのは嘘だったの?」

 皇華は固まった。だらだらと汗が流れ落ちるのはただ暑いからではない。
声はどんどん遠ざかっていく。このままでは間に合うまい……

「まぁ、否定はしねぇよ。しょうちゃん」

 立ち止まり、観念した皇華は『しょうちゃん』の頬に触れる。

「皇華の名にかけて、責任は取るよ。俺が原因だからな」

 ため息をつく。やれることは少ないが、約束は守る。
問題があるとすれば……この伝言ゲームのほうだ。

「皇華さまがー幼女とラヴラヴだーロリコンになってしまったー」
「……やっぱり、あいつら殴ってくる」
「わー、だーめーだーよーおーかー」
「ちょっ、目隠しは勘弁……うぁぁぁ」

何ともいえない声がこだました。





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