草凪家の朝2  氷河の野望



 朝四時四十九分……
 小野氷河はいつものごとく草凪御沙の部屋の前にいる。
 心なしか、拳を握る。

(いつも起こしにきてるんだ。すこーしぐらいはいいはずだ)

自分にいい聞かせる。

「おーい、起きろぉ」

 いつもより小さな声。まわりを警戒しながらも中に入り込む。
 暗い部屋、ゆっくりと慎重に歩み寄る。
ここに来てから十年。起こすことが日課になってる氷河にとって
目を瞑ってでもどこに寝ているのか、どこに物があるのか分かる、
つもりだ。

「!?」

 読みかけの本を踏んでしまいそうになり、ゆっくりと足を戻す。
 大きく深呼吸。
 はやる心を落ち着かせ、彼女の横に座った。

「おーい、起きろ? 相変わらずぐっすり、か?」

 確認しながら呼吸、胸の動きを見る。
いつものようなぐっすりだと確認。

(許せ、御沙。俺も男なんだ……)

 心の中で謝罪。ゆっくりと人差し指を立てる。

 ツンツンとつついてみたいという密かな願望。
いつぞや見たく途中で引くようなことはしないと硬く誓う。

 だが、彼女が怒ると怖い。
 できることなら怒らせたくない……
 指が引っ込みかける。

 だが、低血圧で朝には滅法弱い。きっと何が何だか分からないに違いない。
眼を瞑る。呼吸を整える。

(きっと、きっと大丈夫……)

 彼女の頬まで十センチ……
 このために、この瞬間のために早起きまでしたのだ。いつもより五分も早く。

……五センチ
だが、これをしてしまえば悶え死ぬかもしれん。感動のあまり叫びだすかもしれん。

……三センチ
手が震える。御沙以外の異性とまともに話したり、ましてや接触することなど……
今日は逃げない。今日こそは……目的を完遂させる!!。

ぷにっ
「うにゃ……」
 反応があった。駄目だ。予想外の反応だ。心臓の鼓動で死ぬ。
 あまりにも可愛い反応。柔らかい。感無量だ。

 ゆっくりと瞳が開いていく。
 慌てて手を引っ込める。

「おーい、御沙?」

 が、すぐに閉じていく。
 顔を近づけてみる。こんなに接近したのは一体いつの頃だったか……
六歳より家族と共にこの草凪家に仕えること十年。

 一緒になって遊んだり、剣道をしたり、危ないことをするのにも一緒だった御沙。
いつのまにか綺麗になって、絶対に守ると誓ってでも守れなくて……

「ひょうちゃん……」

 寝言……
 昔、呼ばれていた。いつのまに『氷河君』となったのだろう……

「……らしくねぇことしてるな……しっかりしろ、俺……」

呟きながら、大きく息を吸い込んだ。

「おぃ、起きろっ御沙。時間だぞ」

 うっすらと目が開かれる。すぐにでも寝てしまいそうで……妙に儚げで……

「うーん……もうちょっと……」
 
 寝かせてはいけない。この瞬間が過ぎればきっと後悔してしまう。
高鳴る鼓動、だが、抑えることができない。

「だぁめだ。起きないとキスするぞ」

 ぱっちりと目を開いた。一気に覚醒したらしく、見上げる両の目が
じっっと見つめている。
 顔に赤みが差している。声が上ずっている。

「今、なんていったんです?」

 その問いかけを無視して話しかけた。
 氷河は感情を押さえていた。つい、抱きしめたくなる欲望が……
「……おはよう。御沙」
「あ、え、おはようございます……目が一気に覚めたんですが……その……
もう一度いってくださいます?」

 丁寧に言う御沙。耳を疑っているのだろうか。
 普段絶対に言わない、幼馴染の、氷河の言葉を。

「却下する」

 こみ上げてくる笑いと、頬の熱さを感じながら氷河は言った。

「……実はまだ寝ているというオチでこれはいわゆる夢……」
「でもないから起きろ。ひっぺはがすぞ?」
 
 怒ったように氷河は言う。さすがにそれには焦ったらしく、御沙は慌てた。

「わわ、駄目です。絶対駄目っ」
 布団をたくし上げ、上目使いで見上げる。
周りはまだ薄暗く、御沙からは氷河の顔が見えない。
 クッと抑える。落ち着けと心で唱える。
時計をびしっと指差す。

「ほーら、もう五時五分だぞ〜遅刻するぞ〜いいんだな?」

 暗がりの中に浮かび上がる目覚まし時計を指指す。

「分かりました。分かりましたから……今から着替えますから……その……
部屋から出てください……お願いします……」

「……わかった。待つから急げ」

「はいっ」

 灯りをつけて氷河は部屋から出ていった。
 御沙は赤い顔を両手で冷やしながら大きく大きく息を吸い込んだ。

「あれは夢? それとも……?」
 御沙は枕をぎゅっと抱きしめた。
ドキドキがとまる気配はなかった。


 



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