大きな桜の木の下で―――




 今日は花見―――

「ほーらー、皆急げー」

 それは小学生、ちょっとだけ背伸びができる高学年の頃の話―――

「駆け足駆け足ー」

 坂道を登る二人を置いて大人衆は既に目的地についているみたいだ。
この坂は知る人ぞ知る隠れた場所にある。鬱蒼と茂った草が道を隠してしまうほど小さな、道……

「氷河ちゃん、重いー」

 荷物を背負う氷河を後ろから支えるように押す御沙が声を上げる。
半ば後ろに体重をかけながら……

「はぁ、楽〜」

と登っていく。背中に背負った荷物は子供用のお菓子やジュースがいっぱい詰め込んでいる。氷河は持って行く係なのだ。

「御沙ー、手離したらこけるから気をつけてー」
「はい、お母さん、はなしまーす」
「わわ、まてってー」

 容赦なく一瞬支えていた手がなくなり体勢を崩す。すぐに支えが戻る。背負っているリュックからグシャッという音が聞こえたような気がする……

「……冗談です」
「た、たちわるいぞ」
「おあいこですよ〜さぁ、いきましょう」

 二人はゆっくりと坂を登り始める。

 まだほんの少しだけど冷たさのある、でも暖かな春の陽気―――
皆が待つ場所まで行くと、二人は息を飲んだ。
今にも倒れてしまいそうになるほど見上げながら感嘆の声を上げた。

「今日も来ました大桜〜」

 そこには大きな桜の木があった。周りは見渡すかぎり緑一面の草原、そして緩やかな丘を従えるかのように―――

 全員整列する。御沙も氷河も同じく並ぶ。
大桜の下には小さな社があり、そこの周りを掃除する皇華と麗。
一体何をしてるのか、と横にいる御沙につつく。

「大事な儀式なんだって。ここにいる大桜の神様への礼を払うためにお酒をささげ

るの」

 とのことだった。
 花びらが舞う。花びらに舞うことで二人と会話しているのだろうか……




「桜ってさ、見ててもあきないよね〜」

 周りにシートを敷いて、皆思い思いの大宴会が始まっていた。
一通り桜の木の下ではしゃぎ遊ぶ子どもと一緒に遊んでいたが、ちょっと小休止だ


家族同伴、家族サービス、なのだそうだ。
 二人が一番上、らしい。御沙はよく面倒を見、氷河は適当にしている。

「こいつらにとっちゃ、花より団子だろうけどなーってこら、僕のジュースだぞー


「えー、いいじゃん」
「お兄ちゃんあそぼー」
「ぼくもー」
「私もー」
「じゃれるな抱きつくなー、押しつぶすなー」

 そんな光景を見ながら、御沙は微笑んでいる。
 桜の木は一本しかない。それ以外のものは不要だった。そこに存在しているだけで

不思議な存在感があった。それこそ、神がそこで見ている、と思うほど……
綺麗に舞う花びらに二人はしばし見惚れていた。

「でもさ、登って上から見たくないか?」

 寝転がりながら氷河はそんなことを口にする。

「……ひょうちゃん、それは駄目っ神様怒っちゃうよ?」
「んな、見えないものにそんなに言わなくたって」
「だーめっ」

 人差し指を立てながら言う。

「そうやそうや、もっといってやりー」
「お母さんが言うことには嘘ないからほんとにいるんだからだーめー」
「ほんまにアレが母親らしいことしとるなんて、姉さんびっくりやわ」

 気がつくと、その人は御沙と氷河の間で応援している人がいた。

「……誰?」
「なんや、もう終わりかいな。つまらんのぅ」

 そこにいたのは一人の女性だった。何故か、袴姿に酒瓶片手だ。
 その長すぎる綺麗な髪が地面に触れながらも胸を張りながらもグラスを飲み干した。

「ぷはーっ最近のジュースはおいしいな〜」
「質問に答えろっ」

 警戒心たっぷりな氷河は叫ぶ。

「なんや、この罰当たり小僧。目上の人にのは礼節をもってといわれとらんのか?」
「うっ」

氷河はたじろぐ。図星だが、強い匂いがしたのだ。酒の匂いかと思ったが違う。

「私は御沙。貴方は誰ですか?」

 御沙が尋ねる。
よしよし、と頭を撫でられる。

「あたしは、そうね〜御名はいえないから〜いっちゃんでいいわ」
「いっちゃんさん?」

御沙は口にする。怒った顔で、先ほどの御沙の真似をするように人差し指を立てる。

「さんはいらん。いっちゃんっ」

念押すが御沙はのんびりと

「まぁまぁ、いっちゃんさん、お一つどうぞ」
「こりゃ御親切に〜」

御沙はジュースを注ぐ。怒った顔もすぐに柔和な顔でグラスを傾ける。

「うむ、美味美味。炭酸系はあまりおいしくないが、これはいけるっ」
「お、おい御沙」
肩を叩きながら御沙を氷河のほうに顔を向けさせる。
「大丈夫ー悪い人じゃないです」

 キッパリと言う。自信ありげに言う。

「悪い人じゃないって……」
「そうやそうや、こんなに綺麗なお姉さんが悪人に見えるかっていう根性が気にく

わんわ」

 後ろから抱きしめられながら耳元で囁く。何の匂いか、この時分かった。
桜の匂いだ。
分かった途端、強い眠気に襲われる。

「……せっかくやからな、よしっいーい夢見させたる♪」

嬉しそうにいう。優しく撫でられる。氷河も御沙も抵抗せずにそれを受け入れてい

た。

「子どもやと、寝つきもいいわ〜」

御沙と氷河その場にいた子どもたちは眠っていた……



「桜の木っていうのは魂を宿すと言われている。まぁ、言い方悪いけど桜の木が綺

麗なのはその下に死体が埋まってるからーとかも言うけどな……そういうのは嫉妬

深い証拠って思うんだが……」

 皇華は酒を飲みながらそんなことを口にした。片手には札が数枚握られていて、視線が時々そちらに向く。何か品定めしているかのようにゆっくりと、だ。
 横にいる麗は苦笑しつつ、同じように札を見ながら、皇華から口元を隠す。

「まぁ、これほど人間味溢れたのもいないでしょう?」
「そうだな」

 返事しながらも舞散る桜に視線が泳ぐ。

「それに、いい飲み友達っていう奴だな。博打も強い、必ず花見て一杯されちまう



 おいてある取った札には月の出た丘のような札が置かれている。これは麗の取り分だ。

「もしくは、桜か酒かどっちかが占領するんですものね〜っと」

 一枚、札を人差し指と中指で引き、頭の上から勢いよく振り下ろす。
ビシッと札同士が当たる。満開の桜の札だ―――
 皇華の顔が変わる。
 麗は嬉しそうに声を上げる。

「では、頂きますね……」
「ま、まて」
「待ちませんっ」

 置いてあった札の束の上に一枚を取り、同じようにスナップを利かせて叩きつける。
場にあった菊花の札に直撃させる。同じ菊花の札だがそこには酒が見える。晴れ

やかでめでたい札だ。
麗は嬉しそうに声を上げる。

「花見て一杯、月見て一杯……」
「ぐはっ、両鉄砲三百かっっ」

 皇華は大声を上げた。
 大桜の木の下で二人は花札を楽しみ中である。




 風が駆け上がる浮遊感。地に足がつかない感覚がする……
風を浴びながら優しい光に包まれる。それが太陽の光なのだとすぐに気づいた。

「御沙、おいっ」
「?」

 声がかけられ、視線を向けた。
子どもたちが浮いている。ゆらゆらとしているが確かに浮いていた。

「わぁ〜」

 感嘆とした声を上げる。浮いてるから、ではない。その後ろに広がる光景を見て声

を上げているのだ。

「桜だー」
「凄い凄い。こんなに近いー」

 下からでしか見たことのない桜の花。
 それが真横から見ている。
 花びらは下に行ってしまうが、時々風に乗って浮いてる子どもたちのところにも寄ってくる。

「いいかい、桜は見て楽しめ。こんな機会、滅多にないんやからな」
「いっちゃんさん?」

 声は遥か下からした。桜の花びらの隙間から小さく見える。

「さぁ、てっ辺から見といで」

 子どもたちは移動していった。桜の木の中から桜を見たり、飛んでいる花びらを掴んだりと。



「なんだ、寝てるのか?」
「幸せな奴らだ」

 大人衆は寝ている子どもを見ながらも嬉しそうに笑う。幸せそうな笑顔だ。
優しく撫でる。風邪ひかないようにと上着をかける親もいる。見守るのが当たり前

と思う親たちがいる。

 いっちゃんは、彼ら親には見えないが、それでも嬉しそうに笑う。

「ありがとな」

 ポンと肩を叩かれ振り向く。皇華と麗が酒瓶を軽く上げてみせる。
社のそばに座ると手招きされた。

「さぁ、飲むぞー遊ぶぞー」
「おー」

 皆の歓声と一緒にいっちゃんも声を上げた。
たんっと跳び、皇華と麗のそば、小さな社からコップを手に取った。



 御沙と氷河は、上から桜を見ていた。まるで花だらけの平原のような感覚だった。
二人は笑いながら、桜の花に触れていた。



 季節は春……
 眠りに誘われるほど暖かで、優しい春は桜と一緒に―――






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