ヴァレンタインデー・学校編





 二月十四日月曜日……
 この日が来ても私立西明高等学校も通常日程だった。しかし、登校中の生徒の足は軽く、
そして浮き足立っているように見えていた。



 がやがやと騒がしい教室、その廊下側の窓側に一つのグループができていた。

「で、今年も渡すんだろ?」

 机の上に座りながら二人に聞く。
 彼女の名前は宮北可奈絵。
 短髪で目の大きな瞳が印象的だ。スカートなのに机の上に座りながら、いかにも
強気な態度で二人に視線を向ける。まるで男のように振舞うその姿が強烈な個性
となっている。パーツ的に見れば、整っているほうだろう。ただ、見る人によっては
オカマみたい、という声と、宝塚の男優みたい、という声がある。かっこいい人、には
間違いない。前者はただのやっかみだろう。

「まぁ、一応は……」
 ぼそりと呟く。
 彼女の名前は上原敬。
 肩まで伸ばした綺麗な茶のセミショートの髪にまず目にいくだろうか。地毛なのか、
ただ単にドライヤー焼けなのか。恐らくは両方だろう。
 分厚い眼鏡を指で押し上げながら、読んでいた少女漫画から視線を上げる。そして教室の
ある一方へと視線を泳がせる。その何気ない態度は普段見せない。生真面目でクールな人
なのだが、今日、二月十四日の魔力のせいか、何か様子が違う。

「私は……」

 綺麗な顔立ちと黒髪、学校では目立つだろう。彼女の名前は草凪御沙。
 後ろ向きに座りながら、口元が緩んでいる。大人しいが、外見に惑わされてはいけない。
見た目、普通のお嬢様といった印象が色濃く強い。

「あんたの本命は今年も同じだろうに……アレ? いないな?」

 本命、小野氷河を探している。御沙は何のことかな〜、といいながら頬を掻いた。

「さっき出て行ったね」

 少女漫画に視線を下ろし、呟く。

「ふーん……外にいたりする?」

 窓を開け、外の様子を見る。思い立ったらすぐ行動が、宮北可奈絵のいいところだろう。
が、外を開け見た一瞬、硬直した。すっと元の姿勢に戻る。

「……見なかったことにしよう……」
「……何か面白いものが?」

 いつも寒いから、と怒る上原敬だが、面白そうなことが絡むと別だった。
キランと一瞬、眼鏡が光った気がし、廊下を見る。

「ちょ、私にも見せてくださいよー」
「えー、見るのー?」
 押しのけるように廊下に顔を出す。
「……やるね、彼……」

 呟く声に御沙の表情が固まった。
人が行きかう中、チョコレートを貰う小野氷河と謎の女子生徒の姿がそこにあった。



「おーい、どうしよ、上原屋」
「……うーむ。まぁ、気にするでないぞ? 御沙様。今日は天下のヴァレンタインデー、
なのだからな。良いではないか。お主の好きな男はモテるということで」

 芝居かかった口調でたしなめる。

「しかし珍しいヤツだよな。部活入ってないんだろ?」
「あれは陸上部の、一年生だったかな……」

 扇子で草凪御沙に隠しながらぼそぼそと……

「へぇ、よく知ってるな〜?」
「情報は持ってるとこにのはあるものさ。でももしかすると、何かイベントがあったのかも」
少女漫画をカバンの中に直す上原は半ば状況を楽しむようににやにやとした顔だ。
こういうことで弄って遊ぶのが好きなのだ。

「イベント?」
「そう、イベント」

 念を押すように言う。
 大きな深呼吸する音が聞こえた。二人は恐る恐る御沙の顔を見る。御沙の顔は未だ同じだった。
反応が薄いととった二人は、話を再開し始める。まだ薄いと思ったのだろう。

「基本は体育大会か陸上大会?」
「そういえば、何かの役員に引っ張られてなかったか?」
「……実行委員」
「そう、それそれ。何のかはわす……っておーい、御沙ーいい加減、普通に戻っておいでー」

 御沙は満面の笑顔のまま、固まったままだった。
二人はため息をつく。止まっている時は自分の中で整理をつけているのだ。思考も反応も
止まってしまうのが癖を二人はよく知っていた。




昼休み……

「た、大変だー。男子生徒が倒れてるぞー」

 いきなり飛び込んできた声に、何事かとざわついた。
廊下を見ると、数名の男子生徒が倒れている。
教室の中にもいきなりガタンと音を立てて倒れる人が続出していた。

「な、なんじゃこりゃ……」

 宮北可奈絵は叫んだ。
その表情は妙に幸せそうだが、その表情のまま、気絶していた……
そこに共通したのは同じ袋を持っていた。
明らかに異常事態だ。

「集団食中毒、かな?」

 少女漫画を見たまま、上原敬はまるで他人事のように呟く。

「……チョコレートに当たった、とか……」
「まさか……いや……ちょっとまって」

 と携帯電話で何か打ち込み始める。知り合いに連絡しているだろうか。
宮北可奈絵は首を傾げながら

「……私、ちょっと、行ってきます」

 御沙はいきなり歩き始める。

「っておーい」
「……ちょっと行ってくるから。あとは任せたっ」

 固まる宮北可奈絵を無視して草凪御沙と上原敬は足早に歩き出す。屋上に職員室にと
走り出していた
 普段ののんびりとした動きからは想像できない。早歩きがいつのまにか走っていた。
 



「……お、おのれ……ふ、不覚……」
 小野氷河は屋上へ向かうための階段で、先ほど貰ったチョコレートを食べ……倒れていた。
見た目、凄く出来のいいように見えた。店で買ったといってもいいぐらい、綺麗でおいしそうな
手作りチョコだった。しかし、中身は、味は違った。
 ねっとりとした触感、口の中に広がる味は今まで味わったことのない毒々しい味をしていた。
普通の人なら一口食べただけで悶絶してしまうだろう。吐き出そうにも、口の中が麻痺している。

「……た、助けを……せめて、水……」

 言葉が漏れる。他人から聞いたらうわ言のようにしか聞こえない。紙コップを取り落とし、
床に広がる液体が広がっていた。

「これが毒殺の味か……御沙……」

 誰かが階段を上がってくる音を聞いている。

「氷河君、大丈夫?」
「……御沙……チョコレートって……危険なんだな……」

 氷河は苦笑いを浮かべた。



「しかし、あれだよな……この事件があった後、隠れてチョコレートのやり取りしなきゃ
いけなくならないか?」

 帰り道、御沙と氷河は今回の事件にげんなりとした顔をしていた。

「まぁ、しょうがないとは思いますけど……隠し味のお酒に問題でもあったのかもしれません」
「チョコレートに酒? 入ってんのか?」
「そうですよ〜入ってるものもあるのです」
「俺はないほうがいいな〜」
「そうですね〜。学校であげるならお酒はバツ、ですよね〜」

 嬉しそうな顔をしたまま、氷河の横を歩いていく。

「でも嬉しそう、でしたね……」

 意地悪く笑ってみる。
男というものはこの日に一個ももらえないと辛い、らしい。御沙は揺さぶりをかけてみる。

「彼女の本命は違うヤツだぞ、念のために言うけど」

 丁寧に説明しようとするつもりなのだろう。首を傾げて氷河の顔を見つめている。

「本当、かな?」
「生憎と、な。陸上部の先輩が目当てなんだと。多くの人にばら撒いたヤツは言い方悪いが、
実験台なんだろうな」
「ふぅーん……迷惑な話なんですね」
「んー、料理の腕前は上げたほうがいいことは確かだ」

 うんうん頷きながら足を速める。自宅が見え始めている。どうしてか、人前になると氷河の
足は速くなる。もしかすると、恥ずかしいのかもしれない。

「そうですね〜。あーそうそう。氷河君、あとで私の部屋に来てくださいな」
「あぁ、わかった」

 二月十四日。今年も御沙は氷河にチョコレートを渡したのであった。









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