風雲草凪城 バレンタインデー編  1     


……その日は近づきつつあった。
 ここ、草凪家の厨房では連日連夜に渡って想像を絶するバトルが
行われていた。
―――厨房には男子禁制の四文字。

「……温度を」
「そっち……はまだ?」
「大丈夫、こっちは完璧よ」
「油断は駄目よっ」

 鬼気迫る怒声が響き渡る。
 料理長、金城静香は全体を見渡すように叫ぶ。
 全てはX-dayの日のために……
その日へのタイムリミットはあと一日まで迫っていた。




トントン
 ノックがした。
 場がシーンとなる。料理長は壁に張り付き、ドア向こうを窺う。

「あの〜」

 声の主は解ってはいた。だが、
「合言葉は?」
 と尋ねなければならない。
「えーと、好きな形はハート型」
 扉が開き、素早く引き入れる。
「御沙様、来るのが遅うございます」
「ごめんなさい」

 素直にお辞儀をする。
 草薙家の一人娘、草凪御沙だ。エプロン姿に専用まな板と鍋、そして
包丁を持参している。
 今、この厨房には草凪家の女性が九割ほど集結していた。皆、御沙と
同じ物を手にしている。

「今年も作るのでしょう?」
 確認するように料理長は尋ねる。
「ええ♪」
 御沙はにこやかに微笑んだ。




 この作業は九割方は己のため、残り一割は彼女、草凪御沙のために
行われている行動である。
 周りから見ているともどかしいのだ。ならばできることは一つしか
ない。
全力で後押しする。それが草凪家の女性陣の意見だった。

「それで〜今年の出来はどうでしょうか」
 御沙は来る前に行われていることを見る。
厨房では流れ作業になっている。
きざむ係、温度調節、鍋係、型、冷蔵、取り出し、ラッピング……

「例年と変わりなく。チョ…いえ、ブツの作りはいい感じに
仕上がっております」
「なるほど〜皆さんおつかれさまです」
 御沙が微笑みかけると、『これはついでですから』と元気よく返さ
れる。

「自分のブツ作りたいものは第三厨房へ。あと、ラッピングは
どうせ義理だから誰でもいいわ。交代制で行いなさい」
「さぁ、御沙様もこちらへ〜」
「はい♪」
 御沙はメイドの一人に連れられて第三厨房へと向かった。




 それぞれ自分専用のまな板を握っている光景は、どこか異様な空間を
作り出している原因なのかもしれない。
熱の入った眼差しはこれから作るであろうブツとそれを渡す人のため
に燃えていた。

「えー、例年通り。大量生産分はうまくいきました。例年並といった
感じで、これはもう放置してていいでしょう」

 さも当然と言わんばかり頷く。
ついでで作っているのだ。いわば実験にすぎない。

「大量生産分は、全員分一人一つ渡るように計算されてますが、今年も
とある一人の馬鹿には渡りません。皆さんそこのところ
間違っても渡さないようにお願いします」

 これも当然のことといわんばかりに頷く。
 一体誰がもらえないのか、とは誰も口にしない。御沙が聞いても
答えは同じだ。
その当人はもちろん……




「へっくし……ちくしょーどうして俺がこんなことになってるんだ」
 小野氷河を含む男衆は特訓の真っ最中であった。
いや、特訓というのは名ばかりだろう。ここには草凪家に仕える全て
の男衆が集結しているのだから。




「諸君」

 上空から来る声に皆見上げた。木の上で腕組みをする男が一人。
現当主草凪 皇華は凛とした声を発した。
 この場所ともう既に夜故、その顔は見えない
 皆は当主の言葉に耳を傾けた。

「……気にならないか。どうして我々がこのような、樹海の中に
放りこまれなければならないのかを」
 そう、樹海だ。敷地内にある自然のあるスペース、なのだが、
裏山まで続くそこには森しかない。
 当主を含む近衛隊、警備担当、及びその他雑用あらゆる方面の男衆
だけ、この樹海へと連れてこられたのだ。

「どうして、二月の寒空で、しかもこんな仕打ちをされなければ
ならないのか。諸君らは考えたことはなかろうか」
「そうだ、どうしてこんな風に」
「きっと夕飯に何か……そう睡眠薬か何かを……」
「いや、お茶に入っていたに違いない」

 口々に可能性を上げる。
そう、全員強烈な睡魔に襲われ、気がついたら樹海にいたのだ。
 パチンと扇子を閉じる音。これだけで再び静寂が戻る。

「故に、我々は草凪の屋敷を襲撃することにした。女衆が何をして
いるか、諸君らは興味がないかっ」
「あるぞ、興味ありありだ」
「きっと宴会しているに違いない」
「そうだそうだ」

不思議な志気が上がっている。

「フッ諸君。では参ろうではないか」
ばっと扇子を振るう。指揮者の指揮棒のごとく。
一方向へと向けた。
「草凪の屋敷はこの方向にありっっ」
『おー』
雄たけびが上がった。



 駆け出していく人々を見送りながら氷河はため息をついた。
当主は木から降りると。

「ふむ、おまえは行かなかったのか?」
 とさも不満そうに聞いてきた。
「……俺は御沙の敵にはなりたくないから」
「ほぅ。健気なことだが、彼等が屋敷を襲撃したら……」
「……多分、それも心配はないと……」

 警備等の凄さは身内が所属していることもあって、解っている。
命がほしいのならば敵対行動はとるべきではない、と経験上知って
いる。
扇子を開いては閉じて、パチンパチンとならしながら、不穏当な
言葉を口にした。

「彼等の中に君と『同じ立場』の人間もいたが……」
「えっ」

 耳を疑う。氷河と『同じ立場』の人間はそうはいない。
親共々仕えている、もしくは同じ仕事を担っている者がいる、と
言っているのではないだろうか。
 動揺が走る。同じ立場と言い方が妙にいやらしいものを感じた。

「そうそう、一人でも、敷地に入ればあらゆる罠は無効化できる
だろうな。『同じ立場』の人間だったら容易かろうなぁ〜
さぁ、どうする?」
 話半分で、氷河は走り出していた。
 もしそうだとしたら、『そいつ』と『自分』を比べられ、仕事を
没収されてしまう。
 それだけは絶対に絶対に避けなければならない。
「若人よーがんばれよー」
 当主の軽薄な声援が飛んだが、氷河は完全に無視した。

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